喪失感2006/07/13 12:16

夜明け前
不安な夢から目覚める
それは夢
それは過去

心配はしなくていい
もう心配しなくてもいい
言い聞かせながら
胸の辺りの午前二時を握りつぶす

蔵にはもう灯りがついている
あの日以来
父親はそこで寝起きするようになって
しばらく会っていない
蔵は繭 蔵は繭 蔵は繭
(終焉の場所)

ブラウン管相手の
朝食が終わると
TVが音まで連れていったようで
静寂
数メートル先の空虚
微かに現れる影に
そっと呟く

「喪失感」

胸の空洞にコトバがこだました


製作:2002年2月17日
分類:連作「『飛翔の夢』の後」の1

満開の桜の下で2006/07/13 12:18

星座がぼんやりするしてくると
胸の辺りは午前六時になり
握りつぶした破片が
たまに凍りつくのを除けば
静かな生活になった

相変わらず
父親は蔵から出ずにいる
いつまで紡いでいるかは分からないが
そのうち
諦めて出てくるのだろう
どうやっても
冷え切った卵は孵らないのだから







そして嵐がやってきた







嵐が去った後
蔵は跡形もなく去っていった
まるで存在していなかったように
そのせいかどうか
庭の片隅の樹齢数百年という姥桜は
満開

あの場所で待っている

そう言いながら
地下室にいて無事だった
父親の指し示した
満開の桜の下
舞い落ちる花びらの中
朧げ現れる
彼女




シ・ア・ワ・セ・デ・ス・カ

唇の微かな囁きに
僕は応える

幸せです
こうやって会えただけでも
幸せです
忘れられなかったことが
幸せです
これが最後でも
そして思い出しました
あなたは
どこかへ行ってしまったのではなくて
飛翔の夢を夢見ていたのですね





すべての花びらが舞い落ち
微笑みながら薄れていく 彼女を
いつまでも いつまでも見つめている
胸の空洞が花びらで満たされていくのを
感じながら


製作:2002年2月19日
分類:連作「『飛翔の夢』の後」の2

十九歳~或いは飛翔の夢~2006/07/13 12:19

しばらく経つと
力尽きた姥桜を癒すように
跡形もなく消えた蔵の跡地には
草が生い茂っている

あれから父親は
普通の人に戻ってしまい
別の意味で
僕の視界から遠ざかっていた

そんな
平穏な日常にとまどいつつも
慣れながら僕は
十九歳になった

別に十九歳が特別という訳じゃない
ただ
彼女はいつまでも十九歳のまま
飛翔の夢を見続けている



ただそれだけ






ある日
草むらの陰にひっそりと
桜の花びらが一枚
春を隠しているのに気づいた

僕には飛翔の夢を夢見るなんて
できないと思っていたが
どうやらそうでもないらしい
だから
花びらを握り締めて
僕はしゃがんで
いつでも飛べるように
力を溜めて

あとは風が来るのを待つだけ
あとは風が来るのを待つだけ


製作:2002年2月20日
分類:連作「『飛翔の夢』の後」の3